ベネッセの顧客情報流出、今のところ我が家には連絡が無い。
もっとも15年以上も前の登録だから、利用価値がないから流出していないか・・・
こどもチャレンジ?
なんとなく名前を覚えているが、中学生頃からは名前が違ったような気もする。
息子が小中学生の頃に何年か利用させたのだが、あまり良くはなかった。
低学年のうちはそれなりに使えたのだが、だんだんと内容が難しくなるにつれて・・・
そのうち、毎月の教材に見向きをしなくなってしまった。
学習意欲をそそるものが無く、ただのドリル帳のように感じたのかもしれない。
学習教材の補助器具とか付録があっても、本人は珍しいオモチャ程度に思っていたのだろう。
初めのうちはいじくっていても、すぐに飽きてしまうのだ。
いくらオモチャで釣っても、頭をひねって学習する事には変わりがない。
だから嫌になるのは当然であるから、僕はあまり良い学習方法ではないと思った。
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もう一つ前の段階の、学習意欲を持たせる策が欲しいところである。
学習行為が楽しい事だと思わせても良いし、あるいは努力の結果が楽しいと思わせても良い。
僕は勉強嫌いの子供であったので、宿題を一度もやった事が無い。
もちろん、そのような訳だからテスト前の勉強をするなんて考えられなかった。
それでも成績不良の劣等性ではなかったのは、ある理由が思いあたる。
僕はヒマな時に、教科書を読んでいたのだ。
それは勉強をしようと思ったのではなくて、他に遊ぶものが無かったからである。
TVもよく見ていたが、好みの番組をずっと放送しているわけでもなし。
どうしてもヒマな時間が生じるので、その時に教科書を漫画代わりに読んでいた。
子供ながら物事の理屈を知りたがる性分だったので、教科書はあんがい役立ったと思う。
しかし、理屈のないものには興味が無く、丸暗記ものはぜんぜん覚える事が出来なかった。
歴史年表の年号を覚えるな事など、くそくらえである。
同じ丸暗記でも元素記号など、暗記しなければその先を理解できないようなものは別格。
なんとなく、自然に覚えられたと思う。
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ところで、年号を覚える事は実は無意味なことではない。
元素記号と同じで、歴史を読み解くには必要なもの。
たまたま僕が歴史に理屈がないと思ったので、やる気が起こらなかっただけだ。
もし歴史を深く知りたいと思う気持ちがあったならば、きっと年号を暗記しただろう。
こうして考えると、「何かを知りたい気持ち」を持てば学習意欲が沸いてくると言えるのかなぁ。
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そもそも勉強が何かの役に立つからする、この考え方が良くないと思う。
この「何かの役に立つ」は、多くの人が勉強しない言い訳にする言葉である。
方程式なぞ知らなくても、ぜんぜん困る事なく生きていけるとか・・・
そのような考え方なら、たしかにそのとおりで間違いないが!